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モスクワ映画祭男優賞受賞:浅野忠信がドラマに出ないワケ [芸能]

モスクワ国際映画祭において、「私の男」の浅野忠信さんが主演男優賞を受賞しました。

浅野忠信さんというと国内外で「映画」に絞って出演している俳優さんというイメージがあります。

なぜドラマに出ないで映画ばかりなんでしょう?

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シネマトゥデイより

浅野忠信さんのデビューはなんと、1988年のドラマ「3年B組金八先生Ⅲ」です。
浅野さんのお父さんがタレントのマネージャーを始めたことをきっかけに、お父さんから金八先生のオーディションを勧められ合格したのだとか。
その後もいくるかドラマに出ていますが、撮って放映してを繰り返すテレビの機械的なサイクルが肌に合わず、一時期は俳優をやめてバンド活動に専念しようとしていたそうです。

映画デビューは1990年の「バタアシ金魚」。
映画の撮影をとおして、大人同士が徹夜や喧嘩を繰り返しながら目標に向かって一生懸命取り組む映画製作のスタイルが信用できると思えたそうです。
それ以降、「映画でだけなら仕事をしてもいい」と考えるようになったといいます。
その後は、海外の映画作品にもたくさん出演しています。

英語圏でのニックネームはTad(タッド)。


浅野さんはクオーターです。
顔立ちからなんとなくわかりますよね。
母方の祖父がアメリカ人です。
この件についてはNHKの番組「ファミリーヒストリー」で放送されていました。

母方の祖母・浅野イチ子さんの再婚相手が横浜でアメリカ駐留軍横浜司令部勤務の料理兵をしていたウィラード・オバリングさん。
浅野忠信さんの母・順子さんが誕生するも、ウィラードさんがアメリカに帰国することになり、イチ子さんは日本に留まることを決意。順子さんが4歳のときに別れることになったというお話しでした。


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